- South of heaveN - 天国の南

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玉虫色の空 -1- たいへんお天気

今日も【さん】はもの想い。今日もというより、ここ数日、数週間。
おかげで森の動物たちは困り顔。
【さん】が想いをめぐらすたびに、お天気が変わってしまう。
うれしくなれば日本晴れ、不安になれば曇りがち。
「ほぅ」とため息つけば風が吹き、「ふにゃ〜」とニヤけて気温上昇。
「まさか」とあせれば凍える寒さ。
思わず切ない涙がこぼれれば、雨粒がぽろぽろ。
…そしてどしゃ降り。

明日の天気がわからないどころか、
今日の午後のお天気だってどうなることか。
これじゃ、うっかり洗濯物も干せやしない。

それは、春も終わりの夕暮れのこと。
一日の仕上げに夕焼け色を塗りながら、
今まさに水平線に沈もうとした【さん】。
反対側の山々の上、青と紫のスクリーンに、
はずかしそうに輝いているあの子発見。
優しいまなざしで、森の動物たちに夜の訪れを告げるあの子。
【むーん】。
その、小さなバナナのような姿に、もう、一目惚れ。
その日の海は、しゅうしゅう音を立てて沸きかえっていたとか。
しかも、彼女が気づいてニッコリ微笑んでくれたものだから、
もう、海はぐらぐらぼこぼこ。魚たちはえらい迷惑。

考えてみれば、今まで昼間の仕事を終えたら、さっさと家に帰っておねむ。
まさか、夜をあの子が照らしていたなんて。思ってもみなかった。
…お話したい。
それからはもう、先に述べたとおりのあり様。困ったもんだ。

「ねー、なんとかしてくれない!?」
森では動物たちが集まって、なにやら相談事。
いや、相談事というよりも…。
「これじゃお洗濯できないよっ!」
【ぱんだん】は元気良く飛びはねながら、洗濯カゴを振り回す。
「確かに…これじゃ楽しみにしてたお散歩も不安ですねぇ」
【しまん】と【みっけん】は顔を見あわせる。
「これじゃ、ダンスのれんしゅうができないでふよ」
「発表会があるのに〜」
【しろうさぎん】と【うさぎん】はステップしながら困り顔。
「ボール転がしの大会が3回も中止になったんだよッ!!」
【しべりん】はサッカーボールに乗っかってる。
「ねー、なんとかしてくれない!?」

「……なんとかしてって言われてもねー」
【えんじぇるん】はすっかり疲れ気味。
そりゃ、言ってみれば本職みたいなものかもしれないけどさ。
「ボク1人でどーしろっていうのさ」
ハァ…とため息なんぞついてみながら、ひらひらと森を漂っていると…。
「…! へへ、みーっけ」
【えんじぇるん】はそーっと近寄る。
「だーれだっ!?」
「うぐぅッ!!?!?!!?」
いきなり首に右腕を巻きつけられ、
あまつさえ左腕までフックされたからたまんない。
「ねー、だーれ…あれ?」
ぐんにゃり…。
【でびるん】はオチてしまった。

森の外れの丘の、一本もみの樹の上……上? 上なんです。
「…ったく、殺す気かッ!!」
「だーってェ…ビックリさせようと思って…」
「驚く前に死んでまうわッ!!」
「ぶー。よくやるじゃないかー『だーれだ』って」
「目! それは目ェ隠すのッ!!」
ふわふわと浮かんでる【えんじぇるん】。
ふよふよと漂ってる【でびるん】。
2人は仲良し…だと思う。多分。きっと。

「…で? 何だよ用事って」
「用事?」
「用事があったからオレの首絞めたンだろッ!!」
2人は仲良し…だよね、きっと…。

「そうそう。実は【さん】のことなんだ」
【えんじぇるん】が事情を説明しようとすると…?
「ああ、わかってるよ。どーせそんなトコだろーと思った」
「なんで知ってるの?」
不思議そうな【えんじぇるん】。
「…いくらオレがヒネクレ者だからって、森の様子見てればわかるよ」
「へー。相変わらず“余計なお節介焼き好き”だね」
「長いよそれ! 別に節介なんか焼いてねーよ」
「でさぁ、お手紙を届けようと思うんだけど」
「…話聞けよォ〜」
2人は仲良し…って言ってたけど…。

2人の掛け合いばっかり中継しててもしょうがないよね。
とにかく、【えんじぇるん】は昼間に【さん】から手紙を受け取り、
それを【でびるん】に渡して、夜になったら【むーん】に届けよう。
なんてことを考えたってこと。
もちろん、【むーん】からお返事があれば、
今度は逆に【で】〜【え】〜【さん】へ。
「バッチリでしょ!」
「…ま、やってみるか」
さっそく【えんじぇるん】は【さん】のところへ。
ふわふわ…だけど精一杯、飛んでるのね…。

「お…お手紙書くワケ…?」
【さん】は途端に熱暴走。暑い暑い。
「だって、同じ時刻にお空にいられないんだから」
【えんじぇるん】は汗をふきふき。
「それに、お話する前には、やっぱまずお手紙でしょ」
よくわからない理屈。でも、なんとなく納得してしまう【さん】。
それならそれで、けっこうウキウキドキドキバキバキしながら、
可愛らしい便せんに、思いのタケをつづるのでした。

夕暮れ時が近づいて。ふわふわ帰ってきた【えんじぇるん】。
「暑いよー。もう。海で泳いじゃおかなー」
「…手紙よこしてからにしろよ」
【でびるん】は手紙を受け取り、ふよふよと浮き上がる。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「じゃーねーよろしくぅ」
【えんじぇるん】はさっそく海水浴へ。
ちょうど海岸に来ていた【うりん】や【一角まっしゅん】と、
楽しくぱしゃぱしゃ。
「んーと、確かあの山の上だったよな?」
さっそく【でびるん】は【むーん】のところへ。
ふよふよ…だけど精一杯、飛んでるのね…。

すっかり日も暮れて。ようやくたどりついた【でびるん】。
「あら、こんばんは。久しぶりね、【でびるん】」
「おう。久しぶりだな【むーん】」
…なんだ。この2人、知り合いだったのね。
「近頃の森の様子はどう?」と優しい口調の【むーん】。
「別に。変わンないよいつもと…ってこともないか」
と、ちょいとオトナシ目の【でびるん】。
「実はサ。昼間の空にいる【さん】が、最近ちょっとね…」
さっそく本題に。遠回しなコトは嫌いなクセに、
ダイレクトに話すこともしないヒネクレ者。
「…【さん】? あ…」
【むーん】がちょっとだけ赤く光ったりするもんだから、
【でびるん】はもう、全部わかっちゃったみたい。

「…ホレ。【さん】からの手紙だよ。オレ、あっち行ってるから読ンじゃいな」
手紙を放ると、【でびるん】は向こうの星に向かって漂っていく。
【むーん】はさっそく封筒を開き、手紙を読み始めた。

…夜もふけて。
頃合いを見計らって戻ってきた【でびるん】。
実は【むーん】はもう、3回も読み返していたり。
「…返事、書くか?」
「…え? あ、そ、そうね。やっぱりお返事は書かないと…」
あたふたと返事を書き始める【むーん】。
いつものンびり優しい【むーん】がちょっと慌ててるのを見て。
…なんだか少し“せんちめんたる”に…
なってみたりする【でびるん】だとか。

「…あの…届けてくれるの?」
【むーん】は手紙を大事そうに抱えながら、
上目づかいで【でびるん】を見つめる。
「と…届けるよ」だからそんなふうにオレを見るな。
って言いたかったのね、【でびるん】。
「あ、ありがと。じゃ、あの…お願いね」
「う、うん。任せとけよ」なぜかヘンに強気だったり。
さて。予定通り返事も手に入れ、んじゃ帰るかって感じの【でびるん】。
東の空が白みはじめ、【むーん】も、もうおねむの時間。
ふよふよ…でも、【でびるん】はなんとなくひとこと言いたくて…。
「…いつか直接、話せるようになるといいな」
聞こえないように、つぶやいたらしいぞ。

一本もみの樹の上で、すぴよすぴよと眠っている【えんじぇるん】。
…もうすぐお昼だよ?
「…いつまで寝てるんだよッ!!」
【でびるん】にアタマをはたかれ、ようやくお目覚め。
「…ん〜〜〜〜。あ、おはよー」
「おはよーじゃねーよ。ホレ、返事もらってきたから」
【でびるん】は【むーん】のお手紙を【えんじぇるん】に押しつける。
「ふわー。なにコレ?」
「手紙だって!! 【むーん】からの!!」
「えー? ボクにー?」
「違ェーッ!! 【さん】にだよッ!! 返事なの、ヘ・ン・ジ!!」
…大丈夫なのか、オイ。

ふわふわふわふわ。
「こんちわー!! お手紙だよー」
さっそく【さん】にお返事を届けにきた【えんじぇるん】。
【さん】はもう、ドキドキバクバクゲフゲフ…何を書いたんだ手紙に…。
震える手で、4回ほど失敗しながら封を切ると…。
ほのかな夜の香り。そして星のカケラがひと粒コロン。
さて、肝心のお返事は?

【さん】再び熱暴走で、気温は一気に摂氏41度。暑いってば。
「ま…またお手紙届けてくれる?」
「うん。いーよー」
またお手紙を持って、ふわふわ帰ってきた【えんじぇるん】。
「暑いよー…でも、ちょうど夏だし。ま、いっか!」
汗をふきふき…でも、なんか気持ちいいよね。

こうして、しばらくは暑い日が続き、夜は月がとっても赤かったりしたけれど。
お天気も良くなって、森の動物たちはひと安心。
お洗濯もお散歩も。ダンスの発表会もボール転がし大会も。
また、みんなで楽しく遊べるね。


見上げれば、玉虫色の空。

きらきら色に輝く、素敵な空。




「…いつまで続けるンだ? この郵便配達…」ふよふよふよ…。

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