玉虫色の空 -5- ばれんたいん
まだまだ寒い今日このごろ。
森には何か、甘ったるい香りが漂って。
「…うふふふふふふ…」
な、なんだ? どーした【はむらん】!?
「なによーvv なんでもないーっvvvv」
……おなべがカラカラ、おたまがコロコロ。
いろんな器具やら材料やら皿やら何やら。
台所で、くるくる【はむらん】お料理中。
甘ったるい香りが立ちこめて。
【はむらん】もー、とろけそうな笑顔。
「“ばれんたいん”って知ってるー?」
おお、いつかと同じような展開。
そう、またまたこの季節は【えんじぇるん】の出番なのね。
興味深げに集まってきた森の動物たちの前で、
いつかと同じように一代講釈。しゃべるしゃべる。
「“ちょこれぃと”をね、男のコにあげるんだよーv」
…そうらしいですねぇ。
「女のコはコクハクしなくちゃいけないんだよね」
…そ、そうなのか?
「なにがなんでも、コクハクしなくちゃいけないの」
…そうなのか!? ってか強制!? いいのかそれで!?
「もらえなかった男のコはサイアクー。今年はイイコトないね!」
あ、言い切りやがった!!
そうなるともう、男のコは戦々恐々、女のコは喧々囂々。
誰が誰に誰と誰。アナタはワタシはキミはボクは…。
ハタと気付けばいいチャーンス。女のコたちはお家へダッシュ。
男のコたちは悶々としながら、互いの顔色うかがったり…。
「…甘いのは好きじゃないんだよ」聞いてないよ【でびるん】。
「よっしv できたわーvvv」
チョコレートやらクリームやらを顔やら手やらにくっつけまくり、
デコレーションも終わって【はむらん】のチョコレート完成…みたい。
「われながらいい出来栄えねッ! これなら……うふふふふふふvvv」
ハートの中に自分の顔(おお、よく出来てる)。
そして白とピンクの可愛らしい文字で「あたしを食べ(うわっ!!)
だっ誰に渡すのさッ【はむらん】!!
「うふーvv ないしょーvvvv」
…と、ところで【はむらん】、何か忘れてない?
「へ? 忘れて……あーーーーーっっ!!!!
【ふら】ンとこ行くんやった! 約束―ッ!!」
どたどたばたばた、がらがらがっしゃん、くるくるころころ…。
「行ってきまーーーーすっ!!!!」
あわてて飛び出「チョコ忘れたーーーーッ!!!!!」していっ……あのね。
「…ちょっと苦いヤツがいいな」聞いてないってば【でびるん】。
「おっそいなー。何してんのやろ?」シャカシャカと何やら泡立てながら。
…【はむらん】まだ来ないの?
「うん。美味しいチョコの作り方、教えてくれるって約束してんけどねぇ」
「いつもはこんな遅れへんのやけどなー」と【ふらんそわ】。
「もー『あたしにまかしときー☆』なんて言うてたクセにぃ〜」
ぺろっと味見。どうかな?
「おいしーvv 食べちゃおっかなーvvv」あらあら。
そんなこんなで、チョコレート作りながら【はむらん】を待ってた【ふらんそわ】。
だけど一向にやってこない。…どうしたんでしょ?
しぱたたたたたっと走る【はむらん】。
背中には大切なチョコを入れた大きなリュックを背負って。
「ちっかみちぃーーーーーッ♪」
道をはずれて荒地の中、ゴロゴロ岩の間をぬって。
しぱたたたたたっと走「あきゃっ!?」ってい……んん?
足元ポッカリ。
「…あきゃぁーーーーーー………………」
「…たくさんは食べらンないよ」あ、コイツはほっときましょうね。
真っ暗。ぽっかりと小さく丸い白い光。ちょっと湿っぽくて。
「………痛タタタ……なんやのん、これぇ……」
気が付いた【はむらん】。どーにも身動きとれないと思ったら、
さかさまになってたようだね。くるくると向きをかえて、はふ、と一息。
「……うっわー……深ッ……」小さな丸い光を見上げながら。
「…おっそいなー。出来ちゃったやん、もう」
【ふらんそわ】も、はふ、と一息。【はむ】はまだやってこない…。
「…はぁ……疲れた………」
声をからして助けを呼んでみても、誰か聞いてくれた気配もなし。
まるく射しこむ明かりも、なんだかぼんやり薄暗く…。
「眠くなっちゃった………」疲れた【はむらん】は…眠っちゃったみたい…。
「んー…迎えに行こっかな」と【ふらんそわ】。さっそく支度をして外へ。
てくてくと歩いていくと…「こんちゅわ♪」ぴょこたん。
「あ、【しろうさ】! こんにちわーv」
「ちょこれーとはできまひたか?」「うん、できたよーv【しろうさ】は?」
「わたひもできたでふよ。特製らぶみそちょこれーとでふvv」
と、まぁそんなこんなで立ち話。
「……んぁ?………ん〜〜〜〜〜っ…と」お目覚めのようですね。
「はふ…寝ちゃった。どれくらい寝とったんかなぁ…」
小さな丸い明かりもぼんやりと。果たして今がいつなのやら。
…くぅ〜…。
「オナカ空いた……」ひとりぼっちの空腹。
「ねー【はむ】見なかったかな?」「ん〜、見てないでふねぇ」
と、まぁそんなこんなで立ち話も終わり、再びてくてく【ふらんそわ】。
「……オナカ空いたぁ〜〜〜〜……(涙)」さっきからくぅくぅ鳴りっぱなし。
「あ……そーいえば……」よっこいしょ、とリュックの中から取り出したのは。
「あーぁ、割れちゃってる……食べちゃお」甘い香りが漂って。
かりかりこりこり…。
「はぁ。あたしが“あたし”食べるとはねー……」
かりかりこりこり…。
「…せっかく…(グスッ)…一生懸命作ったのにな……」
かりかりこりこり…あ、さすがに切なくなってきた…。
「…(グスッ)……ふ…ふゎ……ふわぁ〜〜〜〜〜〜ん(どばー)」
かりかりこりこり…ぴぃぴぃ泣きながらも(あ、やっぱ美味しいわ)とか思ってたり…。
こうして何度眠り、どれだけ食べて、どんなに泣いたのやら。
今がいつやら、ここはどこやら……。
「(グスッ)……このまま…死んじゃうんかな、あたし……」
「…痛てて、狭いなァもう………」
ロープで縛られ、狭い穴の中に吊るされてるのは、
「じゃ、ロープで縛って吊るしていけば…」と言ってしまった【でびるん】。
まぁ、ふよふよ程度でも飛べることだし。暗い所は慣れてるし。
「あぅ痛ててて…おーぃ、も少しゆっくり降ろせよッ」
どんどんどんどん穴の中。あちこち引っかかりぶつかりながら。
「あ、いたいた」
「………んぁ?」何度目かのお目覚め【はむらん】。
「あ、起きた。大丈夫か? ケガしてない?」
「あれ? 【でび】ちゃん……なんでこんなトコに……?」
ロープがクイクイと引っ張られ。
「あ、合図だ。上げるよー」と【えんじぇるん】。
【えれふぁん】や【うっしん】や【ごろー】が、ロープをゆっくり引き上げていく。
「…うはぁ、やっと出れたよ」ぷら〜んと吊られた【でびるん】と。
「…まぶしッ」そのシッポにしがみついて…。
「【はむ】…!! よかったーvvvv」と【ふらんそわ】。
「【ふら】ッ!!……………【ふら】ぁぁぁぁっっっ(どばー)」
【はむらん】は【ふらんそわ】に抱きついて、わんわん泣きまくり。
「よかったー」「よかったねー!」と、みんなホッと一安心な感じ。
「あのコのことやから、ぜったい近道してるよねぇ…あ、これ…」
てくてく【ふらんそわ】が荒地の中で見つけた、
小さな小さな、お手製【はむ】ちゃんvキーホルダー。
もしや…と思って用心深く辺りを探しまわってみれば、
足元ポッカリ、小さな穴が。
そこでさっそく、みんなを呼び集め…。
「もー、あのまま死んじゃうかと思ったよぉ」温かいミルクをもらい。
「暗いしー。オナカ空くしー。誰も来ないしー」汚れも落として。
「チョコ持ってたから助かったんだよー?」ようやく一息【はむらん】。
「あーぁ…せっかくの“ばれんたいん”…終わっちゃったのねぇ…」
「え?」とみんな不思議そう。
「ねー、みんな"ばれんたいん"どーだったの?【ふら】、コクハクしたん?」
興味津々。もう、助かっちゃえば穴に落ちたことよりソッチが重要。
「【はむ】…チョコ………食べちゃったの?」と【ふらんそわ】。
「うん。だって食べなきゃ死んじゃうじゃん」と【はむらん】。
「【はむ】…"ばれんたいん"……明日やん?」
「……………へ?」
「明日」
「…え? え!? じゃ今日って…」
「【はむ】とチョコ作るって約束した日」
「……………ええええぇぇぇぇぇっっっっッッッ!!!!!!!」
ころころ穴に落っこちて。
助け出されるまでに過ぎっていった時間。
何日たったかわかんないくらいだと思ってたら…
せいぜい【さん】がアソコからココまで。
でも、当の【はむらん】にしてみれば。
死んじゃうかもってくらい、長い、永い……ひとりぼっちの時間だったね。
「…ッ!!」どーした【はむらん】?
「【ふら】ッ!! 手伝って!!」「な、何? 何するの?」
「もっかいチョコ作るーーーーーーーッッッ!!!!!!」
「えぇーーーっ、今からぁ!?」
「だってだって…食べちゃったんだもーん!!」
「あたしも“ばれんたいん”したいんだもーーーーーんっっっ!!!!」
じゃぁ、みんなでお手伝い。
というわけで、女のコたちはキャイキャイと【はむらん】のお家へ。
いよいよ明日は“ばれんたいん・でぃ”。
女のコたちの一大決心が詰まってる、甘くて、ちょっと苦いチョコレート。
誰が誰に誰と誰。
まだ外の明るさに慣れないのか、ちょっと目を細めて…
まぶしそうに【はむらん】が見上げた空は。
青空と夕焼けの真ん中あたり。いろんな色して晴れ模様。
「……コクハク…するんだもん……」
そして、きっと明日も…
見上げれば、玉虫色の空。
きらきら色に輝く、素敵な空。
「…もが? どしたん【えんじぇ】?」
「…………1コももらえなかった……………」
「ご愁傷サマ」
「…ひぃーん(泣)……って、何食べてるの?」
「ちこれいと(もが)」
「えぇーっ!!【でびるん】もらったのーっ!?」
「んぁ?(もが)これ、昨日【はむらん】が食ってたヤツの残りモノさ。お礼にあげるって」
「…なんだ。じゃ、“ばれんたいん”は?」
「さーね(もがもが)」
「あ、【でび】ももらえなかったんだ!」
「もらってん。これ」
「そんなの、昨日のカケラじゃないか!」
「けっこーうまいぞ(もが)」
「……ボクにも1コちょーだいッ!!」
さて。
【はむらん】や【ふらんそわ】たちは……誰にあげたんでしょうね?